文庫本


文庫本とは、文庫判サイズ(A六判)の小型軽便で、安価に求められる本のことで、1867年からドイツのライプチで出はじめたレクラム文庫は、最古の文庫本です。


1906年にロソドンのデソトが刊行しはじめた「エブリマンズ・ライブラリー」も、世界的に有名な文庫本です。


日本では1927年(昭和2)から刊行された岩波文庫、27年からの新潮文庫、29年の改造文庫、第二次世界大戦後では角川文庫などがあります。


いずれも、レクラム文庫やエブリマンズ・ライブラリーに範をとっています。


また、特定の主題を持ち、限られた冊数で完結するもので、たとえば母親文庫、料理文庫なども文庫本とよばれています。

週刊誌


1981年にイギリスで刊行された「ウィークリー・メモアルズ」が最古の週刊誌といえるが、あまり一般的な週刊誌ではなく、やはり最初の大衆週刊誌は、ジョージ・ニューンズが発行した「ティット・ビッツ」でしょう。


日本では、明治30年代に博文館から、「太平洋」という週刊誌が発刊されたが、ほどなく廃刊となっています。


大衆週刊誌の草分けは、やはり1922年(大正11)4月に創刊された「週刊朝日」と「サンデー毎日」です。


第二次世界大戦後では、1956年(昭和31)2月「週刊新潮」、59年(昭和34)4月に「週刊文春」などが次々と創刊されて、週刊誌時代ブームを迎えた。


また、1975年(昭和50)ごろからコミック・ストーリーと呼ばれる、ストーリーのある漫画・劇画の週刊誌が数多く発行されました。


これはアメリカが本家で「スーパーマン」の連載がはじまりです。

雑誌


雑誌について。


最初の雑誌は、1661年にフランスで、ドニ・ド・サロという人によって創刊された「ジュルナール・デ・サバン」と、同じ年にイギリスで創刊された「フィロソフィカル・トランスアクションズ」です。


さらに82年には、ドイッで「アクタ・エルディトルム」が創刊されています。


日本の最初の雑誌は、1867年(明治3)に柳河春三が出した「西洋雑誌」です。


ちなみに、雑誌を英訳した「マガジン」の意味は、知識の倉ということです。

新築当初の殿舎

新築当初の殿舎はかなり華やかな趣を呈していたはずで、少なくとも現在考えられているほど閑寂な雰囲気ではなかったと思われます。


あたかもそれと照応するかのように、古書院屋根東妻にかかる懸魚の六葉は、従来、素木と考えられていたのに、調査結果では金箔の置かれていたことが明らかとなりました。


ブルーノ・タゥト以来、桂離宮は華美の日光東照宮と対置する日本美の典型として理解するのが一般であったが、右のような事実は、そのような理解に新しい検討を迫ることとなるでしょう。


これも桂離宮昭和大修理によって得られた成果として記憶されるべきです。

人生の神秘について


よしんばあなたが、目に見えるもの、耳にきこえるもの、舌で味わえるもの、手足や皮膚でさわって感じられるもの以外のものを決して信じないと主張するとしても・・・


物理的でない"超自然力"を勇敢に否定することができますか?


わたしたちは、あらゆる国、あらゆる民族の男女の人生のなかに、ひじょうに深く影響をあたえている神秘的な(そして合理的とは思えない)なにかの要因(不測不定で叙述も説明もしにくい要因)が、作用していることを感知します。


その要因は、あらゆる種類の幸運を人間にあたえることができ、そして与えるという段になれば・・・


その人間の出生・血筋・財産・教育・才能・性格などがどうであろうと、いささかも拘泥しないのです。


この謎のような何ものかが"運"であります。


・・・してみれば、不確実ということは人類にとって、なんというしあわせであることでしょう。


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仕上げの壁

切返し仕上げの壁の表面は、ほとんど黒色といってよいくらいくろずんでいます。


この色は中書院一の間の床ノ間を飾る狩野派の水墨画等ともよく調和し、いかにも日本的な美を醸し出しているとして、いままで桂離宮を論じた諸碩学のつとに称揚したところでした。


ところが大修理における調査結果では、この色は壁表面の経年変化によって生じたもので、もとは鮮やかな赤色の土(大阪土系のもの)であることが判明した。


おそらく土に含まれている鉄分が酸化して、黒色化したものでしょう。

諸殿舎では

中書院以下の諸殿舎では、創建時まで遡るか否かはともかく、明治修理の際に手を触れられておらず(部分的な補修は施されている)、少なくとも江戸時代に塗られた外壁リフォームが多数残存しており、かつ下地等が組替えられた痕跡等も見当らないので、これらの壁が創建以来、切返し仕上げであったことはほぼ確実と見られています。


それで江戸期の左官工法を伝える貴重な資料として、躯体を解体したところでも、これらの壁は「大ばらし工法」という新工法を採用し、そのまま後世に残されることになりました。

肌オーラ


透き通るほどのみずみずしい肌からオーラが香る。

"雰囲気"を辞書で引くと『その場を満たしている気分、または空気』とある。

その人をとりまく空気が、匂うように美しければ、その人は文句なく"雰囲気のある人"といわれるだろう。

ここでふと、体の中から芳香を放つために、かの楊貴妃が当時きわめて希少であったという蕩枝を毎日山ほど食べていたという話を思い出した。

自分の体から芳香を放つことは、容姿の美しさをも超える、女性にとって究極のものだったに違いない。

そしてそれは体内から肌を通して発散される芳しさ。

"匂うような美しい肌"という表現は、ここから来ているのかもしれない。

中が透き通って見えるような透明な肌を見ると私はいつもある種の"香り"を感じる。

甘酸っぱく澄みきった香りがふと匂うのである。

それはちょうど香りのいい果物がそこにあるようにまわりの空気が浄化されるからだと思う。

少なくともそれは、きれいにメイクされた肌ではない。

かといって、洗いたての木綿のような若い肌でもない。

指が吸いつくようにみずみずしい、ピンクに熟した大人の肌とでもいうのだろうか。

圧倒的に美しい肌は、それだけで"雰囲気"という空気を生むのである。

さて、あなたの肌は匂うだろうか。

今日から香らせるスキンケアを始めよう。併せてチェストツリーものみ始めたい。

古書院

古書院の外壁リフォームは、明治26(1893)年の修理の時に旧来のものはすべて取り除かれ、下地から新しく作り替えられていました。


したがってここの壁仕上げが創建時以来一貫してパラリ仕上げであったか否かは厳密には不明であるが、しかし明治修理直前における仕上げがパラリであったことは確実で、かつ切返し仕舞になっていたような痕跡も認められなかったので、パラリ仕上げが江戸時代まで遡るものと推定されています。


なお、今回の大修理においては、明治の壁はすべて除去し、やはり下地から新しく作り替えられました。


これは昭和年代における最高の左官技術を示すものとして、後世に伝えられることになります。

なかなか良かった旅行 6

道道918号線を快走して再びフェリーターミナルを通過し、鴛泊市街を抜け島の西側へと進んで、利尻町に入りました。


海の向こうに礼文島が横たわっています。


海は青く、島の上空には雲もない。


左窓の利尻富士も山頂付近に雲はなく、きれいに全体が見えていました。


判断は正解だったらしい。


沓形の街に入り、山に向かう道へ左折した。


利尻富士から下山した時に歩いた道です。


利尻登山線の名があります。


この間徒歩で下った時よりはるかに速いスピードで走っているのだが、見返台園地に着くまでがもどかしかった。

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