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   <title>文庫本</title>
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   <published>2012-01-10T04:49:43Z</published>
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文庫本とは、文庫判サイズ(A六判)の小型軽便で、安価に求められる本のことで、1867年からドイツのライプチで出はじめたレクラム文庫は、最古の文庫本です。


1906年にロソドンのデソトが刊行しはじめた「エブリマンズ・ライブラリー」も、世界的に有名な文庫本です。


日本では1927年(昭和2)から刊行された岩波文庫、27年からの新潮文庫、29年の改造文庫、第二次世界大戦後では角川文庫などがあります。


いずれも、レクラム文庫やエブリマンズ・ライブラリーに範をとっています。


また、特定の主題を持ち、限られた冊数で完結するもので、たとえば母親文庫、料理文庫なども文庫本とよばれています。


      
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   <title>週刊誌</title>
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   <published>2011-12-03T04:49:30Z</published>
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1981年にイギリスで刊行された「ウィークリー・メモアルズ」が最古の週刊誌といえるが、あまり一般的な週刊誌ではなく、やはり最初の大衆週刊誌は、ジョージ・ニューンズが発行した「ティット・ビッツ」でしょう。


日本では、明治30年代に博文館から、「太平洋」という週刊誌が発刊されたが、ほどなく廃刊となっています。


大衆週刊誌の草分けは、やはり1922年(大正11)4月に創刊された「週刊朝日」と「サンデー毎日」です。


第二次世界大戦後では、1956年(昭和31)2月「週刊新潮」、59年(昭和34)4月に「週刊文春」などが次々と創刊されて、週刊誌時代ブームを迎えた。


また、1975年(昭和50)ごろからコミック・ストーリーと呼ばれる、ストーリーのある漫画・劇画の週刊誌が数多く発行されました。


これはアメリカが本家で「スーパーマン」の連載がはじまりです。


      
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   <title>雑誌</title>
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   <published>2011-11-06T04:49:09Z</published>
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雑誌について。


最初の雑誌は、1661年にフランスで、ドニ・ド・サロという人によって創刊された「ジュルナール・デ・サバン」と、同じ年にイギリスで創刊された「フィロソフィカル・トランスアクションズ」です。


さらに82年には、ドイッで「アクタ・エルディトルム」が創刊されています。


日本の最初の雑誌は、1867年(明治3)に柳河春三が出した「西洋雑誌」です。


ちなみに、雑誌を英訳した「マガジン」の意味は、知識の倉ということです。


      
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   <title>新築当初の殿舎</title>
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   <published>2011-10-06T07:02:08Z</published>
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      新築当初の殿舎はかなり華やかな趣を呈していたはずで、少なくとも現在考えられているほど閑寂な雰囲気ではなかったと思われます。


あたかもそれと照応するかのように、古書院屋根東妻にかかる懸魚の六葉は、従来、素木と考えられていたのに、調査結果では金箔の置かれていたことが明らかとなりました。


ブルーノ・タゥト以来、桂離宮は華美の日光東照宮と対置する日本美の典型として理解するのが一般であったが、右のような事実は、そのような理解に新しい検討を迫ることとなるでしょう。


これも桂離宮昭和大修理によって得られた成果として記憶されるべきです。


      
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   <title>人生の神秘について</title>
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   <published>2011-09-24T05:04:30Z</published>
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      <![CDATA[
よしんばあなたが、目に見えるもの、耳にきこえるもの、舌で味わえるもの、手足や皮膚でさわって感じられるもの以外のものを決して信じないと主張するとしても・・・


物理的でない"超自然力"を勇敢に否定することができますか？


わたしたちは、あらゆる国、あらゆる民族の男女の人生のなかに、ひじょうに深く影響をあたえている神秘的な(そして合理的とは思えない)なにかの要因(不測不定で叙述も説明もしにくい要因)が、作用していることを感知します。


その要因は、あらゆる種類の幸運を人間にあたえることができ、そして与えるという段になれば・・・


その人間の出生・血筋・財産・教育・才能・性格などがどうであろうと、いささかも拘泥しないのです。


この謎のような何ものかが"運"であります。


・・・してみれば、不確実ということは人類にとって、なんというしあわせであることでしょう。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いの詳細は＞＞</a>
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   <title>仕上げの壁</title>
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   <published>2011-09-04T07:01:45Z</published>
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      切返し仕上げの壁の表面は、ほとんど黒色といってよいくらいくろずんでいます。


この色は中書院一の間の床ノ間を飾る狩野派の水墨画等ともよく調和し、いかにも日本的な美を醸し出しているとして、いままで桂離宮を論じた諸碩学のつとに称揚したところでした。


ところが大修理における調査結果では、この色は壁表面の経年変化によって生じたもので、もとは鮮やかな赤色の土(大阪土系のもの)であることが判明した。


おそらく土に含まれている鉄分が酸化して、黒色化したものでしょう。


      
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   <title>諸殿舎では</title>
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   <published>2011-08-04T07:01:18Z</published>
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      <![CDATA[中書院以下の諸殿舎では、創建時まで遡るか否かはともかく、明治修理の際に手を触れられておらず(部分的な補修は施されている)、少なくとも江戸時代に塗られた<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>が多数残存しており、かつ下地等が組替えられた痕跡等も見当らないので、これらの壁が創建以来、切返し仕上げであったことはほぼ確実と見られています。


それで江戸期の左官工法を伝える貴重な資料として、躯体を解体したところでも、これらの壁は「大ばらし工法」という新工法を採用し、そのまま後世に残されることになりました。
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   <title>肌オーラ</title>
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   <published>2011-07-21T03:53:56Z</published>
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   <summary> 透き通るほどのみずみずしい肌からオーラが香る。 &quot;雰囲気&quot;を辞書で引くと『その...</summary>
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      <![CDATA[
透き通るほどのみずみずしい肌からオーラが香る。

"雰囲気"を辞書で引くと『その場を満たしている気分、または空気』とある。

その人をとりまく空気が、匂うように美しければ、その人は文句なく"雰囲気のある人"といわれるだろう。

ここでふと、体の中から芳香を放つために、かの楊貴妃が当時きわめて希少であったという蕩枝を毎日山ほど食べていたという話を思い出した。

自分の体から芳香を放つことは、容姿の美しさをも超える、女性にとって究極のものだったに違いない。

そしてそれは体内から肌を通して発散される芳しさ。

"匂うような美しい肌"という表現は、ここから来ているのかもしれない。

中が透き通って見えるような透明な肌を見ると私はいつもある種の"香り"を感じる。

甘酸っぱく澄みきった香りがふと匂うのである。

それはちょうど香りのいい果物がそこにあるようにまわりの空気が浄化されるからだと思う。

少なくともそれは、きれいにメイクされた肌ではない。

かといって、洗いたての木綿のような若い肌でもない。

指が吸いつくようにみずみずしい、ピンクに熟した大人の肌とでもいうのだろうか。

圧倒的に美しい肌は、それだけで"雰囲気"という空気を生むのである。

さて、あなたの肌は匂うだろうか。

今日から香らせるスキンケアを始めよう。併せて<a href="http://www.healthy-one.co.jp/online_shop/detailsfile/chastetree.html" target="_blank">チェストツリー</a>ものみ始めたい。
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   <title>古書院</title>
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   <published>2011-07-13T07:00:34Z</published>
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   <summary>古書院の外壁リフォームは、明治26(1893)年の修理の時に旧来のものはすべて取...</summary>
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      <![CDATA[古書院の<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>は、明治26(1893)年の修理の時に旧来のものはすべて取り除かれ、下地から新しく作り替えられていました。


したがってここの壁仕上げが創建時以来一貫してパラリ仕上げであったか否かは厳密には不明であるが、しかし明治修理直前における仕上げがパラリであったことは確実で、かつ切返し仕舞になっていたような痕跡も認められなかったので、パラリ仕上げが江戸時代まで遡るものと推定されています。


なお、今回の大修理においては、明治の壁はすべて除去し、やはり下地から新しく作り替えられました。


これは昭和年代における最高の左官技術を示すものとして、後世に伝えられることになります。
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   <title>なかなか良かった旅行　６</title>
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   <published>2011-07-08T04:03:19Z</published>
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      道道918号線を快走して再びフェリーターミナルを通過し、鴛泊市街を抜け島の西側へと進んで、利尻町に入りました。


海の向こうに礼文島が横たわっています。


海は青く、島の上空には雲もない。


左窓の利尻富士も山頂付近に雲はなく、きれいに全体が見えていました。


判断は正解だったらしい。


沓形の街に入り、山に向かう道へ左折した。


利尻富士から下山した時に歩いた道です。


利尻登山線の名があります。


この間徒歩で下った時よりはるかに速いスピードで走っているのだが、見返台園地に着くまでがもどかしかった。


      
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   <title>なかなか良かった旅行　５</title>
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      坂道を下り、一周道路に出る手前に姫沼展望台がありました。


べつに姫沼が見えるわけではなく、ペシ岬や遠く礼文島を見渡す展望所です。


今日は晴れているので礼文島がよく見えた。


一周道路に出て左折し、西へ向かった。


反時計回りです。


姫沼で利尻富士を見ていて気づいたのだが、山頂付近の雲は南西方向、つまり鬼脇側を覆っていました。


だからこの時間に鬼脇側にあるオタトマリ沼や南浜湿原に行っても、利尻富士の上方は完全に雲がかかっているはずだ。


逆に沓形側には雲はかかっていなかったから、見返台園地や天望山公園からは山頂付近まで見えるであろうという判断です。


      
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   <title>なかなか良かった旅行　４</title>
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      姫沼は人造の沼で、大正6年に湧水を堰き止めてできた沼だといいます


こうして眺めていると周囲の原生林に溶け込んでいて、とてもつくられた沼とは思えない。


沼にはコイ、フナ、ヒメマスも棲んでいて、釣りもできる。


私はしばらくの間、頂上の雲がとれるのを待った。


その間に団体客が入れかわった。


沼畔は団体客が去っていくと潮が引いたようにひっそりと静かになり、新しい団体がやってくると喚声が箭して賑やかになります。


1時間粘ったが、頂上の雲はとれなかった。


もう少しで山頂が見えそうになると、左からつぎの雲が移動してきて覆いかくしてしまう。


それが何度も繰り返された。


私はあきらめて姫沼を出発した。


これ以上粘っているとあとの行程に影響してきます。

      
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   <title>なかなか良かった旅行　３</title>
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      水面に映る逆さ富士が見えるかどうか気になった。


沼畔に近づくと団体観光客の賑やかな声が聞こえてきました。


利尻富士は山頂をわずかに雲でかくしていたが、ほぼその全体を見せていました。


緑がかった沼面にもその姿が逆さに映されていました。


やっと6年越しの念願がかなって、水面に映る逆さ富士を見ることができた。


本物の逆さ富士はあまり興味がないが、日本最北の利尻の逆さ富士はどうしてもこの目で見たかった。


本物の富士よりは、はるかに規模が小さいが、そのぶん優しさと落ち着きがあります。

      
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   <title>なかなか良かった旅行　２</title>
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      船を降りて港から利尻富士を見上げると、やや逆光ぎみで霞んでいました。


頂上付近はわずかに雲がかかっていました。


まずまずといった感じです。


フェリーターミナルの反対側に並ぶ土産屋の利尻レンタカー案内所でレンタカー屋の場所を聞く。


連絡をとってくれて、車で迎えに着てくれた。


その車が私の借りるミニカーでした。


赤い軽自動車に乗り込み、早速最初の目的地である姫沼に向かう。


晴れてはいるが、利尻山頂にわずかに雲がかかっているので気が急く。


あの雲が広がってこないとも限らない。


姫沼の駐車場には大型観光バスが停まっていました。


私も車を置いて沼へ急いだ。


前には大勢の団体客がゆっくりと歩いています。


私は気が急いていたので、足早に彼等を追い抜いていった。

      
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   <title>なかなか良かった旅行　１</title>
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      所要時間は約5時間。


今日は礼文島泊りなので、鴛泊港14時55分発の香深行の船に乗りたい。


そのあと沓形港から16時55分発の船もあるが、沓形発であるのが面倒臭いし、礼文島にもなるべく早く着きたい。


甲板に出てみると、ノシャップ岬をまわったころは、うっすらとした影でしかなかった利尻島が青味を増してきていて、その存在感を大きくしていました。


相変わらず空は薄く霞がかったように白っぼかったが、目立った雲はなく、なかなかいい天気でした。


利尻島が青い影から次第に緑に変わっていき、色彩が豊かになって道路や建物も見えてきて、9時10分、鴛泊港に入港した。

      
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