道の
沖縄旅行で触れた歴史話しです。
勝連は九州南部から「道の島」と沖縄で呼んでいる大島諸島を仲介にして日本との貿易で富強をうたわれていました。
琉球の『万葉集』ともいわれる『おもろそうし』におもろの詩人たちは、有名な勝連のあまわりは国のほこり勝連の名高き按司よその名は百浦にとよむ勝連は京、鎌倉にたとえんと歌われています。
京都、鎌倉にたとえんと歌われた勝連城の按司になってからは、彼の声望と勝連の富強で首里王城への反逆奪取を企てた。
しかし途中にはだかっている中城城を落とすことなしには首里への進撃は不可能でした。





